市内では、市や社会福祉協議会などが間に入り、「福祉施設との連携型」の取り組みが進んでいる。県のモデル地域設定当初から連携事業に携わる、農家と福祉施設の現状と連携への思いから、「農」と「福」の未来を考える。
■三武農園 三武利夫さん(73歳・堀西)
◇福祉との出会い
「まずはやってみないと始まらない」。そう話すのは、市内でもいち早く「マッチング等支援事業」を使って福祉施設と連携を始めた三武農園の三武利夫さん。市の提案で取り組みを知り、先進事例として知られる静岡県の農家を視察した際、障害者がそれぞれに適した作業を行う光景を見て、受け入れを決めたという。人手不足で援農ボランティアを頼んでいたという三武さん。「これなら社会貢献にもなると思ったんです」
現在三武農園が連携するのは、身体障害者向けの「秦野ワークセンター」と、知的障害者向けの「くずは学園」の2施設。秦野ワークセンターの利用者には落花生の選別やイチゴの苗の植え付けなどを、くずは学園の利用者にはイチゴのビニールハウスの清掃や草取りを依頼している。始めた当初は、それぞれの利用者の特性に合った作業を割り当てるのに苦労したと話す。「見学に来てもらって、彼らの動きを見ながら作業内容を提案しました」。説明に時間がかかってしまったこともあったが、徐々に作業に慣れたことで、今は細かく説明をしなくても進んで作業してくれるそうだ。
「安心して任せられるので、別の作業に当たることができます」という言葉からは、利用者への信頼がうかがえる。ビニールハウス内の雑草取りや、中身が入っていない落花生を取り除くなど、機械が使えない手間の掛かる作業を担ってもらえるため、効率が上がったのを感じるという。
◇お互いに「いい関係」
3年にわたる2施設との連携。長く続く要因を、「お互いにメリットがあるからかな」と話す。「人手が増えて農園としては助かっているし、利用者の方が作業を楽しんでくれるのはうれしいですね」と笑顔を見せる。
福祉施設との良好な関係が築けている三武さん。他の農家にも紹介し、農福連携の輪をもっと広げたいと考えているが、「障害のある人に頼むことに消極的な人も少なくなくて」と残念そうに話す。障害者について実際に知る機会が少ないが故に、作業を任せられるのか、うまくコミュニケーションが取れるのかといった不安を感じて敬遠されてしまうことがあるという。「まず、現場を見てもらいたいですね。障害のあるなしにかかわらず、初めから完璧にできる人なんていませんから」
市や社会福祉協議会が「農福連携スタディツアー」などマッチングの場をつくることで、少しずつ広がる連携の輪。近い将来、農業の新たな担い手として障害者が活躍する光景が当たり前になるかもしれない。
◎ビニールハウスで作業をするくずは学園の利用者
■秦野ワークセンター 山﨑孝寛所長(51歳・戸川)
◇農作業が自信に
落花生の収穫真っ盛りの9月上旬。三武農園の作業場では、秦野ワークセンターの利用者が落花生のさやを株から外す作業を行っていた。楽し気な利用者の様子を笑顔で見守るのは、同センターの山﨑孝寛所長だ。
「連携事業を始める前と比べると、みんなすごく前向きになりましたね」。農作業を通して達成感や仲間意識が芽生えるにつれ、自分に自信を持てるようになっていると話す。初めは複雑な作業になると迷ってしまうこともあったが、「今はすっかり慣れた手つき。楽しんでいるのが伝わってきます」とうれしそうにほほ笑む。
施設では以前から、印刷や寝具の消毒、陶芸など、社会の一員として働く機会を提供していた。「土に触れることが、健康につながるという話を聞いたことがあって。施設内にも家庭菜園を楽しむ利用者がいたので、他の人にもそういう機会をつくれないかと思っていたんです」。そんなときに舞い込んだのが、農福連携の事業だった。すぐに手を挙げ、マッチング先として三武農園を紹介された。落花生の選別のほか、イチゴの苗の植え付けやタマネギの皮むきなど、忙しいときは週5日従事することもある。「利用者の表情を見てると、参加してよかったって思いますね」。できることが増えていく喜びが、利用者の生きがいにつながっていると話す。
◇支え合う社会への一歩
一方で、始まって3年ほどの取り組みのため、課題もある。一つは、職員の人手不足。「施設の外にいる間は、職員の付き添いが必要なんです」。利用者の健康管理も欠かせない。屋外での作業は、一人一人の体調への配慮も重要となる。それでも、この農福連携の取り組みを広げていきたいと山﨑所長は話す。「今は軽度の障害がある方だけですが、車いすの方も作業できる環境ができたらいいですね」と期待する。
農福連携が進む自治体では、障害者一人一人の能力に合わせた作業を割り振ることで、障害が重い人も参加できるようにしているところもあるという。また、秦野市内でも、「福祉完結型」の取り組みで、福祉施設が農園を持ち作物の栽培から加工、流通まで実施している施設もある。
やり方はさまざまだが、目指しているのは、農業を通して障害者が社会の一員として自立する力を育むということ。農業を支える新たな担い手が耕すのは、誰もが生き生きと暮らせるまちへの第一歩だ。
◎畑や作業場でも笑顔があふれる