■復旧から次世代へ
昨年8月、市内に甚大な被害をもたらした台風第10号は、茶畑にも猛威を振るった。「被害を受け、ショックで茶畑の前で立ちすくんでしまいました」と振り返るのは、昭和28(1953)年から北地区で茶を生産する高梨茶園の4代目、髙梨晃さん(37歳・菩提)。記録的な降雨により、茶畑が崩れ、約200メートルにわたり土砂が流出した。令和元年に起きた台風第19号の際も近くの茶畑が被災し、ようやく収穫ができるまで復旧してきた矢先の出来事だった。
メディアで被害が報じられると、すぐに地域の人たちや全国からのボランティアが集まった。残暑が厳しい中にもかかわらず、土砂の撤去や流された茶樹の回収など、茶畑の再生に力を貸した。「たくさんの人たちの支えで再び立ち上がる決意ができました」と当時を振り返る。
今年3月、重機などを使った復旧工事が始まった。新たな苗木を植えるのは、順調に進んでも来年3月。被災した茶畑で収穫できるようになるまでは、7年もの歳月が必要になるという。それでも前を向く髙梨さん。被災を機に生まれた「地域に開かれた茶園にする」という新たな目標に向かって、支援者だけでなく、多くの人に足を運んでもらえる茶園づくりに動き出した。秦野産の八重桜を使用したブレンドティーを新たに考案し、販売に向けて準備を進める。手もみ茶体験の開催も計画している。「茶畑やお茶を作る様子を見て、日本茶を飲むきっかけになればいいですね」と思いを膨らませる。
数少ない若手茶農家の一人として、この地で茶畑を守っていく覚悟だ。3児の父親である髙梨さんは、「最近になって『茶作りは子育てと同じ』という父の言葉が分かるようになりました」と笑みをこぼす。来年植える新たな苗木は、手間と時間をかけ、大切に育てられる。そして、新芽が摘めるようになる頃には、茶畑も子供たちと同じように多くの人たちに囲まれているだろう。髙梨さんは、そんな未来を夢見て、今日も茶畑に立ち続ける。
多くのボランティアたちが参加し、新茶の摘み取りが行われる緑茶工房わさびや茶園の茶畑
1 一番茶を手摘みする山口さん。栽培している茶畑の面積は約2.5ヘクタール
2 収穫した生の茶葉はその日のうちに蒸す。製茶は時間との勝負
3 丹沢の麓で育った茶は芽が柔らかく優しい香りが特長
4 中学校給食で提供された「ちくわのお茶揚げ」。市内で茶を生産していることを初めて知った生徒も
5 高梨茶園の3代目髙梨孝さん(67歳、写真右)と、4代目晃さん(写真左)。作業中に交わす会話が伝統の茶作りをつないでいく
6 台風第10号で茶樹の損傷だけでなく、道路も寸断した
7 蒸した茶葉を「手もみ」で乾燥させる髙梨晃さん。技術の習得には2年以上かかる職人技