
食料や燃料を背負い、山小屋などに運ぶことや運ぶ人を指す歩荷(ぼっか)。その後ろ姿が、まるで荷物から足が生え、歩いているように見えたことが言葉の由来の一つだ。
丹沢を愛するベテランに、大会へ込める思いを聞いた。
◎Photo

1 荷ほどきした3人分の荷物。合計約100キログラム

2 背負子(しょいこ)と木ノ又小屋

3 荷上げした食材で作るグリーンカレー。手作りメニューが小屋の売り

4 厳しい寒さの中、登山客に寄り添うストーブは神野代表が運び上げたもの
■声に支えられ今日も山へ
歩荷に焦点を当てた、日本で唯一の山岳競技大会「丹沢ボッカチャレンジ」。チームで協力し、最大30キログラムもの砂利を背負って、標高1300メートルの花立山荘まで運び上げる。昨年、多くの登山家に愛されながら、38年の歴史に幕を閉じた「丹沢ボッカ駅伝競争大会」の流れを受け継ぐ大会だ。
「丹沢の偉大な先輩たちが始めた競技だからね。伝統を絶やさず、将来につないでいきたいよ」。柔らかな表情で語るのは、大会の運営を担い、普段は登山道や林道の整備を行っている表丹沢登山活性化協議会の神野代表。塔ノ岳山頂から歩いて約15分、標高1396メートルに位置する「木ノ又小屋」のオーナーとして、登山客の食料などを毎週荷上げしている。本格的な登山に挑戦し始めたのは40歳ごろ。日々、丹沢でトレーニングを積んでいたところ、当時の木ノ又小屋のオーナーに「少し背負ってみるか」と誘われたことが、歩荷を始めるきっかけだったという。
荷物は、食料のほかガソリンや灯油といった燃料などで、重さは平均30キログラムほど。登山道を整備する際は、木材や土のうなどの資材を運搬する。約3時間かけて小屋まで登る道中には、角度の付いた岩場や崖と隣り合わせの細道が待ち構えている。「20年近く上げているけど、今でも出発前に相当の覚悟が要るくらいきつい。体調によって、1キログラム違うだけでも、重さの体感が全然変わるんだよ」。神野代表は、鉄製のストーブを背負ったこともあるが、丹沢には100キログラム超えの荷上げを行った達人もいるそうだ。
話を聞くだけでも過酷な歩荷だが、登山トレーニングや山小屋の運営といった目的以外に、道中で掛けられる声が力になるという。「『ありがとう』や『お疲れさま』の言葉もモチベーションが上がるよ。登山中に会ったら、声掛けしてもらえるとうれしいね」
■未来へつなぐ山を守る力
歩荷の存在を知ってもらうことに加え、登山道の保全を目的とするこの大会。選手たちが背負う砂利は、道のぬかるみや穴が開いた箇所を補修するために使用するものだ。「20キログラムの砂利でも、実際に敷くと座布団1枚分くらいにしかならないんだよ」。同協議会で整備をするときは、40~50人ものボランティアに力を借りているという。また、関係団体や行政が協力し、多くの労力と時間をかけて、安全な登山道の整備を続けている。神野代表は、「選手の皆さんには、歩荷を通じて整備の苦労を知り、山をより大切にする気持ちを持ってもらえれば」と期待を込める。
歩荷の担い手が増えることも、大会に期待される効果の一つ。丹沢では、主に山小屋のスタッフなど20人以上が活動しているが、そもそも歩荷に触れる機会自体が少ないことや高齢化、後継者不足も課題になっているという。神野代表は、「大会をきっかけに歩荷に触れ、始める人が増えてほしい。今後につなげられるよう、運んだ砂利を自分たちで敷くイベントも、いつかできたらいいね」と話す。
今大会は、1人でエントリーし、他の選手と合同チームを編成することも可能。新設した「チャレンジの部」では、登山経験や十分な体力が必要ではあるが、背負う重量とゴールを選べるため、所要時間を競う従来の部門より挑戦しやすいのが特長だ。「普段はなかなか体験できない歩荷に挑める貴重な機会。過酷さを楽しんで」と神野代表は笑みをこぼす。
■丹沢を地元の誇りに
今大会が従来と大きく異なるのは、秦野丹沢まつりと同日開催する点。祭りの参加者も、県立秦野戸川公園内の風の吊り橋などで選手たちを応援できる。「歩荷は、特別な存在のように思われる節があるけど、気軽に声掛けできる身近な存在に思ってほしい」と神野代表。この大会と歩荷の姿が、登山や丹沢への興味につながることを願っているという。
「登山は丹沢に始まり、丹沢に終わる」という言葉があるように、初級者から上級者まで楽しめる丹沢の山々。県内はもちろん、全国から年間約90万人の登山客が訪れる。「市内には弘法山などの低山もあるので、初心者の方も山に親しんでほしい。丹沢が地元にあることを誇りに思ってくれればいいね」。そう語る神野代表は、愛する山々の未来を背負いながら、今日も力強く歩を進める。

問い合わせ:観光振興課
【電話】82-9648

